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	<title>茶ばな花なお &#187; 植物学習メモ</title>
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	<description>生活の中に小さな日本文化を。</description>
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		<title>植物の二つの”点” -(2)萎凋（いちょう）点-</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2007 02:32:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[高校の理科（生物）で習ったことはほとんど忘れてしまったけど、何故か記憶に残っている言葉に「萎凋（いちょう）点」というのがあります。これは、植物の生存にかかわる「point of no return（日本語で言うと、取り戻しのつかない点、か]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>高校の理科（生物）で習ったことはほとんど忘れてしまったけど、何故か記憶に残っている言葉に「萎凋（いちょう）点」というのがあります。これは、植物の生存にかかわる「point of no return（日本語で言うと、取り戻しのつかない点、かな）」。</p>
<p>盛夏の頃、水やりを忘れて朝顔がやわやわになっても、水をたっぷりあげてしばらくすると水を吸って元気になります。でも、何日も水やりを忘れてしまい、カリカリになった葉っぱに水をあげても、元気にはなりません。</p>
<p>どっちも水不足はわかるけど、どうしてやわやわなら元気になるのに、カリカリだとだめなのか。<br />
それは、やわやわの状態は初期萎凋の段階、カリカリになった状態は永久萎凋の段階になっているからです。永久萎凋点を超えると、もう水をあげても枯れるだけなんです。</p>
<p>植物は独立栄養生物だけど、水は必要なんです。どうして水が必要かというのは、またいつかの機会に。<br />
温暖化と、人々の市場経済主義によって、地球規模では砂漠化が進んでいます。まったく砂漠になってしまったところを緑化することは、とても難しいです。でも灌木が残っているところには、まだ手を打つことができます。植物の萎凋点は、地球に生存する全ての生物の萎凋点でもあると思えます。地球が枯れないように、私たちには待ったなしでやらなければいけないことがいっぱいあります。悲壮になっても好転しません。社会の価値観をシフトする時期は、既に来ていると思います。それは、今生きている私たちにしかできないことです。できることから、始めましょう。地球が枯れないために。</p>
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		<title>植物の二つの”点” -(1)生長点-</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Apr 2007 07:27:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[植物学習メモ]]></category>

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		<description><![CDATA[季節を感じることの一つは、緑。
春から初夏。気付けば枝いっぱいの葉、或いはすぅーっと伸びた茎。ついこないだまでは何の兆しもなかったのに、どこが伸びたの？
植物には二つの”点”があります。今回はその一つ、]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>季節を感じることの一つは、緑。<br />
春から初夏。気付けば枝いっぱいの葉、或いはすぅーっと伸びた茎。ついこないだまでは何の兆しもなかったのに、どこが伸びたの？</p>
<p>植物には二つの”点”があります。今回はその一つ、生長点。</p>
<p>生長点は茎や根の先端にあって、細胞がどんどん増えていく、分裂組織です。植物は、地上と地下の二つで細胞分裂を繰り返すことで生長しているんです。さてその生長点、私たちにちょっとした幸せをもたらしてくれます。</p>
<p>それは、四つ葉のクローバー。</p>
<p>クローバーがあればつい、探してしまいますね。もし見つけたら・・・ とってもラッキー。そう、希少価値があるし、なんと言っても”幸せの”四つ葉ですから。だけど、それは生長点のなせるワザ。四つ葉ができやすい場所には共通点があります。砂利の上とか、トラクターによく踏まれるような畦の一角とか。それはつまり、生長点が傷ついて分かれてしまうということ。分かれた生長点から葉ができるから、本来の枚数より多くなるんです。そう思って、キズがつきそうなところを探すと、いつもより見つける確率がちょっと上がります。</p>
<p>なーんだ。ちょっとがっかり。科学って、夢を壊すのね。いいえ、そんなことはありません。だって、原理はどうあれ、上手に生長点が分かれるかどうかはわかりません。また、そこに自分が居合わせて、さらに見つけて、それって偶然。そして幸せを感じるかもまた別の話。できれば、その幸せは次の誰かにも残しておきましょうね。</p>
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		<title>葉のない植物</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Mar 2007 01:03:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[植物学習メモ]]></category>

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		<description><![CDATA[凡そ植物は、葉緑素を持って光合成するので他の生物に頼ることなく、栄養をとることができます。だから植物は、独立栄養生物、といいます。一方、私たち人間などのように、他の生物から栄誉をとる生物は、従属栄養生物]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>凡そ植物は、葉緑素を持って光合成するので他の生物に頼ることなく、栄養をとることができます。だから植物は、独立栄養生物、といいます。一方、私たち人間などのように、他の生物から栄誉をとる生物は、従属栄養生物、といいます。</p>
<p>でも、植物の中には他の生物から栄養を得るものもいます。それらの植物は、光合成をしないので緑色をしていません。また、葉っぱも持っていません。色が抜け落ちたような、薄白い色をしています。そして色のない、大きな花を咲かせます。</p>
<p>進化の過程で、そうすることで最も環境に対応したのでしょうが、悲しいと思います。環境変化に対応することで生物は生きていけます。同じ植物でありなが ら、分かれてしまった道。そのきっかけは小さくても、長い時間の果てには大きな差ができています。そして、その道はもう、戻れないのです。太陽の光は、何 の恩恵ももたらさない。従属栄養生物である人間が、それを悲しいと感じるのは、滑稽なことかもしれません。でも、きっとそれは植物の世界だけではなく、人 の社会でも見られることだと思いませんか。太陽の光は等しく降り注がない。そのとき、私たちはどういう選択をすることが良いのでしょうね。</p>
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